「星空チャンネル」2010年クリスマス特別編
ダーク ピアニスト
前奏曲8 アドベントカレンダー



 小箱を開くとキャンディーが2つ。
「わあ! 僕の大好きないちごキャンディーだ」
ルビーは子供のように歓声を上げて笑った。
「ねえ、どうしてわかるんだろう? 毎年、アドベントカレンダーの箱を開く度、僕の好きな物ばかり出て来るんだよ」
彼はうれしそうに言ってキャンディーを1つ差し出す。
「おれはキャンディーなんかいらないぞ」
ギルが素っ気無く言う。
「どうして? とっても甘くておいしいよ」
「おれは甘い物が苦手なんだ。おまえが食べればいい」
「ふーん。わかった。それじゃあ、もらっておくね」
とうれしそうだ。

毎年、この時期になるとアドベントカレンダーを置く。数字の書かれた小箱を1日1つずつ開いて行く、クリスマスまでのカウントダウンだ。小箱の中には子供が喜ぶようなお菓子やちょっとしたおもちゃなどが入っている。それを1つずつ開けて行く楽しみとわくわく感とでイベントを盛り上げようというのだ。もともと子供っぽいルビーにはうってつけの企画だった。特に数字にこだわるカレンダーというのがよい。これなら、楽しく数字の学習にもなるからだ。

「クリスマスまではあと何日だ?」
「えーとね、アインツ、ツバイ、ドライ……」
ルビーが箱を数え始める。
「ここに書いてある数字は何だ?」
「えーとね、ゼクス(6)……? それとも、アフト(8)かな? ノイン(9)のような気もするし………」
「ゼクスだ。もっと自信を持って答えるんだな」
「何だ、そうか。うん。わかった。今度は間違えないようにするね」
そんな事を繰り返しながらイベントは近づく。アドベントカレンダーは役に立つ代物だった。

 そんなある日。
「来い。仕事だ。ミュンヘンに行く」
「え? ミュンヘンに行くの? やった! それじゃあ、またあのクリスマスマーケットに行けるんだね。僕、毎年楽しみにしてるんだ。ホットワインに焼きアーモンド。クリスマスの飾りもいっぱい買って……。ああ、今年はどんな風だろう? ギルも楽しみでしょう?」
「ああ。だが、お楽しみは仕事が済んでからだ」
「仕事って?」
「サンタクロース狩り」
「えーっ? どうしてサンタさんを狩っちゃうの?」
ルビーが驚いて訊く。
「サンタはサンタでも悪いサンタクロースさ。プレゼントを配る代わりに子供をさらう」
「子供を? そんな事してどうするの?」
「外国に売るんだ。多くは臓器売買の対象として……。あとは奴隷や性的対象の愛玩品として……」
「そんな……酷いよ。そんなの許せない」
「そうだ。だから、おれ達が行く」
「わかった。悪いサンタさんの袋には、さぞかしたくさんの悪夢が詰まっているんだろうね」
そう言って彼はクククと笑う。

「ところで、おまえはもう手紙は書いたのか?」
とギルが訊いた。
「うん。書いたよ。あとはポストに出すだけ」
「ちょっと待て。投函する前におれがチェックしてやる」
「いやだよ。これは、僕とサンタクロースさんとの秘密の手紙なんだもの」
「そんな大事な手紙なら尚更だ。宛名が正しくないとちゃんと届かないぞ」
「うーん。それもそうだね。じゃあ、いいよ。でも、中は見ちゃだめだよ」
「わかった」

それでルビーは納得すると封筒を持って来た。ぐちゃぐちゃとした字で何か書いてある。が、どう見ても間違いだらけのその宛名ではとても正しく配達してもらえるとは思えない。
「住所が違ってるぞ」
ギルフォートが軽く言った。
「それに、切手も貼らないと……」
「えーっ? 僕、ちゃんと書いたよ」
「番地がない」
「番地? そんなの僕知らない」
「いいよ。おれが調べておいてやる」
「ありがと」
ルビーはホッとしてうなずいた。
「それじゃあ、おまえは出かける支度をして来い。その間に詳しい住所を調べておいてやるから……」
「わかった」
ルビーはうれしそうにうなずくと急いで自分の部屋に駆けて行った。ギルはそっと封筒の中身を出すと便箋を広げて見た。

「さてと、坊やは今年は何がお望みだって?」
ギルはその手紙を読もうとした。が、
「こいつは生半可な暗号より解読は難しいな」
本人にはわかるのだろうが、読む方としてはまるでわからない。正しく書かれたアルファベートは、ほんの数文字しかなかった。あとはほとんど子供の落書きと言ってもよい程に歪んだり曲がったりしてほとんど解読出来なかった。
「困ったな。これじゃ意味がわからん」
ギルフォートはそっと便箋を封筒に戻すと軽くため息をついた。

「こうなったら、直接訊き出すしかないか」
(それにしても……)
とルビー専用のサンタクロースは思う。
(一体いくつになるまで続くのだろう?)
ルビーは未だにサンタクロースの存在を信じている。いや、もしかしたら、そんな風に演じているだけかもしれないが、とにかく彼は純粋にクリスマスという美しいイベントを愛していた。


 クリスマスマーケットは賑わっていた。大勢の人があれこれ店を見て回ったり、ホットワイン片手に陽気なおしゃべりに花を咲かせたり、大人も子供も皆楽しんでいた。そして、イベント企画としてサンタクロースの衣装を着た人が子供達にプレゼントを配っていた。
「ねえ、僕にもプレゼントちょうだい」
サンタクロースの帽子と上着を着たルビーが言った。そこは人込みから外れた暗い路地だった。サンタクロースの扮装をした背の高い男がビクッとして振り向く。ニコニコと笑っているルビー。大人なのか子供なのか一目では判断がつきにくい。小柄で童顔の彼は黒髪で、背中に大きな袋を担いでいる。男もまた大きな袋をしょっていた。

「プレゼントならその袋の中に入ってるんじゃないのか?」
男が言った。
「そうだね。でも、僕、おじさんが持っている袋の中にあるものが欲しいんだよ」
「残念だったな。こっちはもう商売終いだ」
「それじゃあ、これと交換しない?」
ルビーは自分がしょっていた袋を下ろすと中からカエルの指人形を出して見せた。
「だめだ」
「それじゃあ、このボールは? きれいだし、とってもよく弾むんだよ」
「だめだめ。言ったろう? こっちはもう商売終いだって……」
「それじゃあね、これならどう? きっとおじさんも気に入ってくれると思うよ」
ルビーが袋をガサガサさせながら言った。
「何を出そうと無駄だ。おれは……」
が、次の瞬間、男の視線は凍りついた。ルビーの手に握られていたのは本物の銃だった。
「貴様、どういうつもりだ? 一体何の……」

「メリークリスマス」

ルビーは言うと何の躊躇いもなく引き金を引いた。男の額が撃ちぬかれ、白い付け髭が赤く染まった。
「おじさんがいけないんだよ。僕の望んだプレゼントを早くくれなかったんだもの」
ルビーはそっと男が背負っていた袋の口を開けた。小さな男の子が眠らされていた。その子供を抱き上げるとルビーはスタスタと光の中へ帰って行った。


「メリークリスマス!」
あちこちでクラッカーが鳴り、大声で呼び込みをしている人やいちゃついているカップルたちが、楽し気な声で歌い、広場には笑顔が溢れていた。
「メリークリスマス!」
最後の仕事を終えたギルがやって来て言った。
手にはホットワインのカップが2つ。ルビーもそれを1つもらって飲んだ。体の底から温まる。それから二人はいろいろな店を巡り、様々な小物を買った。そして、何杯目かのホットワインを空にした時だった。

「ところで、ルビー、今年のクリスマスには何が欲しいんだって?」
ギルが訊いた。
「秘密だよ。僕はもう、ちゃんとサンタさんにお手紙書いたもの。きっと彼ならわかってくれるよ」
「でも、サンタクロースは外国人だからドイツ語読めないかもしれないよ」
「えーっ? それじゃあどうしたらいいの?」
と泣きそうな表情で見つめる彼にギルフォートはそっと顔を近づけて言った。
「おれが翻訳してやるよ」
「ホントに?」
「ああ。だから、言ってごらん」
「それはね……」
と言い掛けて、彼はクシュンと小さくクシャミした。
「ん? どうした? 風邪でも引いたか?」
「大丈夫。少し寒いだけ……」
ギルはそっと自分の上着を脱ぐと彼の肩に掛けてやった。
「ありがと。でも、そんな事したらギルが風邪引いちゃうよ。それに、僕には少し大き過ぎるよ」
と裾が地面につかないように一生懸命引っ張ってまくり上げている。
「ほら、こうすればもっとあたたかい……。車まで連れて行ってやるよ」
と言って彼を抱き上げる。
「ホントだ。あたたかい……」
ルビーは彼の肩にもたれて満足そうに微笑した。賑やかな売り子の掛け声も雑踏も淡い幻想の霧の向こうで煌いている。

「クリスマスまではあと何日だ?」
ギルが訊いた。
「えーとね、それは、アインツ、ツバイ、ドライ、フィーア……」
と数え始める。が、不意に顔を上げ、彼の顔を見つめた。
「もう、いいよ。僕の望みは叶ったから……」
「叶った?」
「うん……」
ルビーはそっと目を閉じた。彼の望んだあたたかな人のやさしさに抱かれて、甘く楽しい夢を見る……。

結局、彼が何を欲しがっていたのか訊き出すことは出来なかった。が、ふとマーケットの端に日本の物が陳列されているのを見つけた。
「あれは、確か日本のアニメーションに出ていたキャラクターだな」
ルビーがテレビで見ていたのを思い出して手に取った。
(何とも微妙だが、日本製のものならルビーが喜ぶだろう)
と思って幾つか買って車に戻った。

ルビーは何も知らず、後部座席で眠っている。その周りを埋め尽くすように乗せられたクリスマスの装飾……。その中で眠る彼はまるでクリストキント(幼年天使)のようなやさしい微笑みを浮かべている。
「メリークリスマス……。よい夢を……」
そう言うとギルは運転席に乗り込んで車を発進させた。そして車は夜のアウトバーンへ……。小さな星の欠片のような雪がちらちらと降り始めたロマンティックな灯火の中に消えて行った……。